無審査でゴールドカード

2007年12月29日

今度は吉原(特集)

吉原(よしわら)は、江戸時代以降、公許の遊女屋が集まる遊廓があっ

た地域で、東京都台東区に1966年まで存在していた地名だね。

台東区新吉原江戸町一丁目、新吉原京町などの名があったんだよ、今は

住居表示の実施により、台東区千束3丁目、4丁目になっているよ、皆良

く知っている日本一のソープランド街なんだ。近隣には日雇い労働者が

集まる地域である山谷があって。(漫画の明日のジョーで有名な泪橋が

在る所だよ)吉原の起源は江戸幕府開設間もない1617年に日本橋葺屋町

(現在の日本橋人形町)に遊廓が許可されて幕府公認の吉原遊廓が出来

たってわけ。

「吉原」の語源は遊廓の開拓者・庄司甚内の出身地が駿府(現在の静岡

市)、東海道の宿場・吉原宿出身でだったという説と、葦の生い茂る低

湿地を開拓して築かれたという説があるね(葦=悪しに通じるのを忌ん

で、吉と付けた)。どっちにしても、徳川家康の隠居地である駿府城城

下に大御所家康公認の公娼でそこに七カ丁もの広大な面積を誇る遊郭が

あった。吉原はその内五カ丁を大御所家康亡き後駿府から移したのが始

まりだ(二丁町遊郭)。

その後、明暦の大火(1657年)で日本橋の吉原遊廓も焼けて。幕府開設

の頃とは比較にならないほど周囲の市街化が進んでいたことから、浅草

田んぼに移転を命じられて以前の日本橋の方を元吉原、浅草の方は正式

には新吉原(略して吉原)と呼んだ、江戸城の北に当たるところから

「北国(ほっこく)」の異名もある。

今日のところはここまでね、結構深いよ。


posted by ギガボー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ウーン! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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